2011年12月24日

災害弱者と避難所

2011年12月21日 琉球新報「論壇」掲載
NPO法人沖縄バリアフリー研究会
井上 将
災害弱者と避難所


 東日本大震災は、私達に様々な教訓をもたらしました。大津波や原発事故から逃れ、漸く避難所にたどり着いた要介護5度レベルの多くの高齢者を、避難所滞留中に亡くした事もその一つです。懸念していた事でした。学校の体育館などの収容避難所では、重度の援護を必要とする災害弱者に対して、生命を維持するに足る必要最小限度の援護もままならなかったのです。タン吸引等、介護を必要とする脳性麻痺者は介護可能な場を求め、二度、三度と移動を繰り返しました。入所者の内、六割の高齢者を亡くした施設もありましたが、施設入居者は体制を整えれば組織的避難も可能です。しかし在宅の災害弱者は、避難所での援護の有り様に限界があったのです。
沖縄では、1771年「明和の大津波」八重山では約9,300人、宮古で約2,500人の犠牲者を出す大災害が発生しています。翌1772年「八重山大飢饉」のダブルパンチ。1960年「チリ沖大地震」の大津波は遥かに太平洋を越えて名護市羽地・久志・杉田を襲い、人的・物的被害をもたらしました。100~200年単位でみれば、沖縄でも大地震・大津波は想定すべきなのです。
沖縄には「原子力発電所」は在りませんが、うるま市ホワイトビーチに「原子力潜水艦」が寄港します。大津波襲来時、沖合への緊急退避が間に合わず陸に打ち上げられた原潜は、冷却用海水を失いメルトダウンを起こす可能性はあるのです。沖縄では原潜事故もまた、最悪のシナリオとして想定すべき事です。
日本赤十字では今回の東日本大震災の経験から、「災害弱者用第二次収容避難所」設置の必要性を呼びかけています。大災害発生時、病院は緊急を要する負傷者の手当てに忙殺され、災害弱者にまで手が回りません。在宅の災害弱者はまず身近な収容避難所に避難し、次に第二次収容避難所に移動する事が現実的な対応となります。「災害弱者用第二次収容避難所」は、ニーズの異なる災害弱者に個別対応が比較的可能な宿泊施設が望ましいと考えられます。各地域にある公共の宿・地域行政と提携可能なホテルなどが「第二次収容避難所」の候補となります。合意が成立した宿泊施設には、非常用電源及び水源・必要備蓄品を確保する為、行政の先行助成が必要です。
「災害弱者用第二次収容避難所」設定も「転ばぬ先の杖」。沖縄県においても東日本大震災の体験から得た教訓を生かす「災害弱者用第二次収容避難所」の設置が今、求められています。


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Posted by 沖縄バリアフリー研究会 at 08:24│Comments(0)オピニオン
 
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